2008
D&Sについての入口
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サディズム(Sadism)
相手(動物も含む)に身体的または精神的に苦痛を与えることによって性的快感を味わったり、そのような行為を想像したりして性的興奮を得る性的嗜好の一つのタイプ
マゾヒズム(Masochism)
肉体的精神的苦痛を与えられたり、羞恥心や屈辱感を誘導されることによって性的快感を味わったり、そのような状況に自分が立たされることを想像することで性的興奮を得る性的嗜好の一つのタイプ
日本でSMという言葉を考える時に、非常にどんぶり勘定的だなと感じる事があります。
言葉というものは、ちゃんとした定義があるようでいて、人それぞれの個人の枠組み違っており、私の「朝」とあなたの「朝」のイメージが違うように、発信する側と受信する側の枠組みが一致していることはあまりありません。
ましてや私の心の中で考えた事を外に出す時に、きちんと表現できているのかは心もとないですし、また、受信される方が受け取った言葉を脳内解凍する時に、正しく変換されない事もあり、なかなかうまく伝わりません。
きちんと話をするためには、まずその言葉についてお互いの認識を一致させる必要があるのでしょうが、日常生活においては、そんな事をいちいちやっていては、話が進まないってもんです。(汗)
甚だしく、主題からそれつつあるので戻しましょう。
つまり、日本では「SM」と一口に言った場合、緊縛も主従関係も痛い行為に快感を得るプレイも露出命令も、はてはレイプや生殺しや逝かせまくりや・・・甚だしくはバイブを使う刺激的なセックスも、女性を焦らして時間をかけるセックスも、性格の傾向まで、ぜーんぶいっしょくたにSMという大きなグループの中に入れる事が可能なんであります。
しかし、それとは別に一般的に使われているSMという大きな「くくり」では無く、アブノーマル行為を細分化するにあたっての「SM」・・・つまり「Sは加虐によって性的快感を得、Mは被虐によって性的快感を得る。」という言葉も存在している訳です。
ほんとのところ「サディスト」と言うのは、Mさんが理想を描くSさん、または、「ご主人さま」が持っている「性癖」ではありますが、それだけを取って見た場合には、ちっとも、崇高でも立派でもありません。愛情も信頼も伴いません。公開処刑を見物したり、弱いものを虐めて楽しんだりする感覚と一続きの線上。むしろ、その本能のままに暴走すれば、殺人、監禁、レイプ等の犯罪につながりかねない性癖で、万が一コントロールできなければ病気です。(もちろん、ほとんどの方がきちんとコントロールしている訳ですが)
私の中ではサディズム、マゾヒズムを考える時には、その細分化カテゴリの方が前面に出てきますので、イメージは、非常に悪逆非道鬼畜Sであります。「相手がMで『ああ、もっとぶって』とか言うんじゃ、嫌だ。」なんて思うのも、その自分勝手さの表れです。「Mなんてやりたくないけど、好きなあなたのためなら耐えてみせますっ!」なんて、物語の設定を思いつくのも、自己中心S女性の私の特徴です。Orz
そして、海外ではSMという言葉を日本のような大きなくくりでは無く、もっと狭義に使っているんじゃないかと感じる事があります。つまり細分化するためのカテゴリ分けとしてのSMの方ですね。そして、重なりあい、影響し合う、カテゴリに、B&D「拘束(Bondage)と支配(dominance)、あるいは拘束と訓練(discipline)」D&S「支配(dominance)と服従(submission)」「主人(Maste)と奴隷(slave)」等がある訳です。
何度も述べてきたとおりに、これらは微妙に重なり合い、影響し合っていて、くっきりと分ける事が出来ない場合が多々です。また、シーンごとに、トップとボトムが、他の人に入れ替わる事で、違う展開になったりします。
ただ、「全部をひっくるめてSM」と、考える日本と違う事態があるような気がします。
それは、重ならない場合が存在するという事です。お互いの関係性を確認するためにSMをするけれど、しないならしないでも「存在できる」D&S「支配(dominance)と服従(submission)」って事もあり得るわけです。
SM的要素が、支配を確認するためにだけ存在したり、スパンキングが、SMとはまったく違うカテゴリとしても、存在できるように・・・。
大きなくくりであるSMという言葉を、一旦棚上げにすると、見えてくる「モノ」があるかもしれません。































